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チェルディッチ (ウェセックス王) : ミニ英和和英辞書
チェルディッチ (ウェセックス王)[おう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おう]
  1. (n,n-suf) (1) king 2. ruler 3. sovereign 4. monarch 5. (2) king (for senior player) (shogi) 

チェルディッチ (ウェセックス王) : ウィキペディア日本語版
チェルディッチ (ウェセックス王)[おう]

チェルディッチ(Cerdic、? - 534年没)はウェセックス王国の王。イングランドに上陸したアングロサクソン人の王であり、ウェセックス王室の始祖として考えられているが、年代記自体の表記が考古学的な証拠と矛盾が多く、実在性がはっきりしない。また、現代の英語ではセルディックと読まれる。日本語ではケルディックと書かれている事もある〔大沢一雄著『アングロサクソン年代記(朝日出版者)』より〕。
==アングロサクソン年代記の記述==
アングロサクソン年代記によると、495年にチェルディッチは、息子キュンリッチとともにハンプシャーへ3艘の船で上陸した。そして、現地の王ナタンレオド(Natanleod)と戦い、508年に敗死させ、519年に再び戦闘、ここでウェセックス王国を創設したと伝えられている。また、一連の戦いの中でワイト島も占拠し、後発で現れた自らの縁者に与えたと言う。チェルディッチは534年に没し、息子のキュンリッチが跡を継いだと言う。
年代記の文面通りで行けば、チェルディッチは現在のイギリス王家の始祖とも言える。〔チェルディッチの血統はウェセックス王家を通じてエグバートアルフレッド大王の始祖となり、系譜を辿るとイギリス王室エリザベス2世にまでつながり、イギリス王室の血統は1500年以上となる。しかし、それが本当なら多かれ少なかれイギリス王家と血縁でつながっているヨーロッパ全ての王家も同じような形となるであろう。〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「チェルディッチ (ウェセックス王)」の詳細全文を読む




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